まだ辛いけど

まだ辛い。まだ胸が痛い。まだ後悔の念ばかりが襲ってくる。涙が出そうになることもある。だけど、いつまでもこれじゃダメよね。

コジに人間の都合や人間の感情、コジを擬人化してコジはこうだった、ああだったなんて考えること自体がおかしいことなのかもなーとここ数日は考えてる。
コジが死んでるのに、コジにあげるブロッコリーが大きすぎる・・なんて考えてる自分もいる。コジに前よりもいっぱい話しかけている自分もいる。

引きこもって家から出ないのもいけないのかなー。

本当に辛いと人には話せないんだなっていうこともわかった。FBなどに書く気になれない。どうせわかってもらえないし。私の気持ち。同情はしてもらえても、わかってはもらえないから。共有してもらえないのに書いても無駄。何を期待して書くのかって感じ。

この約1週間。何をしていたのか。あっという間だったような。長かったような。

昨日は一日家にいて、英語の課題を書かなければいけなくて、でも出来なくて一日苦しんで、何とか夜に適当なものを作って提出した。

一昨日は祖母に会いに行って、それから吉祥寺の私の実家に寄って、吉祥寺のロフトでコジの位牌入れになるケースを買って帰って来た。

4日はコジの火葬の日だったね。昼前にお寺行って、昼過ぎに全部終って帰って来て。その後、出かけようかとなって、私が急に前の家のそばの神社に行きたいと言って、電車に乗って稲田堤に行って、引っ越し後、初めて結婚当時6年住んでいた家に行ったんだった。そしたら駅前もいろいろ変わっていて驚いて、道中もいろいろ変わっていて、川に降りられるようになっていたりして驚いて、更に驚いたのは住んでいたマンションの1階にあったファミリーマートがなくなっていたこと!あれ、便利だったのに。なんかそのせいかマンションが寂れて見えた。私たちが住んでいた部屋は明かりがついていて誰かが住んでいた。
その後、そのまま歩いて必ず元朝参りしていた神社まで行って。もう4日だし、暗いしで、人気もなかったなあ。そのまま駅まで戻って帰って来た。

3日はコジを朝から車でお寺まで連れて行って。夫がお寺が近づいたら車運転しながら泣き出した。行きたくないって。帰ろうか・・、いいよ、帰ろうよって言ったけど、でもそのまま行って。ずっとコジなでていて、預けられなくて悲しくて。立派なお棺もたくさんあったけど、でもコジは段ボールでうちに来て、病院もずっと段ボールで、最期まで段ボールが落ち着くよね、コジらしいよねって敢えて段ボールで。ケチったわけじゃないよ、コジ。わかってくれてるよね。
帰ってきてから気分転換に外に出ようって言って、近所の神社(白山宮?)まで歩いて行って。

2日は・・夫は夕方から高専の新年会。私は家でコジのそばで英語の課題やろうとして、でも泣いてしまったり考え込んでしまったりして出来ないまま、そしてコジのそばでコジを眺めることすら出来ないままだったな・・。

1日は何してただろう。全く思い出せない。確かコジのお花買いに行った。そのことは覚えているのだけど・・。東急が休みだったからパルコまで行って、コジに似合う白い菊を買って。コジに似合いすぎて夫が泣いて。

辛いからか何なのか、すぐに疲れてねてしまっていたな、ここ数日。

夫もため息が多くて、私と違う苦しみや悲しみの中にいたな。
特に年末最後の診療の12月30日、私が風邪で病院にいたから夫が一人でコジ連れていって、また来年って言われたのに・・・と。このことを思い出しても辛いみたい。そうだよね。私も昨日、本当は年明け最初の診療だったのになと思うし。もう行かないのか、あそこにって。毎週必ず行っていたのに、この2年もの間。

この苦しみも悲しみも、他の誰にもわかってもらえない。けど、夫と私で共有している悲しみ。そしてコジがいた幸せな日々も楽しかった思い出も。辛かった気持ちも全部。共有している。
ごめんねという気持ちもまだいっぱいだけど、やっぱりありがとうなんだよね。

ペットロスなのかなといろんなサイトみたけど、そこで有名な虹の橋って話で虹の橋の向こうにウサギがいるとか、月に帰ってしまったとか、全くぴんとこないし心が動かない。コジはそんな人間の思い込み、お仕着せとは関係ない。コジはコジとして、ウサギとして産まれて私たちと一緒に暮らしてくれて死んでいったんだ。そうとしか思えない。